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夜になると、日本中の家でスマートフォンが充電器につながれる。
枕元で1台。リビングで2台。会社のデスク、ホテル、飲食店、駅の充電スポットでも、画面の隅にある小さな電池マークが少しずつ満たされていく。
1台の充電にかかる電気代は、ほとんど気にならない。では、日本中のスマートフォンを一度すべて空にして、同じ瞬間に100%まで充電したらどうなるのだろう。
請求書は億円を超えるのか。発電所が悲鳴を上げるのか。それとも、巨大な出来事に見えて実は大したことがないのか。
約1億台のスマートフォンを0%から100%まで一斉に充電すると、コンセントから必要になる電力量は約192.5万kWh、電気代は約5,970万円と試算できます。ところが電力量は、日本全体で使われる電気の平均約62秒分です。
金額は約6,000万円。それなのに、日本なら約1分で使ってしまう。この妙なスケール感を、順番に計算していこう。
そもそも日本にはスマートフォンが何台ある?
最初の難問は、バッテリーではなく台数である。
総務省の2024年「通信利用動向調査」では、個人のスマートフォン保有割合が8割を超えた。総務省統計局による2026年8月1日時点の日本の総人口は、概算で1億2,268万人。人口へ単純に8割を掛けると約9,814万人になる。
ただし、調査対象の年齢範囲、スマートフォンを持たない幼児、2台持ち、仕事用端末、使われていない旧機種などがあるため、「人口×保有率」が国内に存在する端末の正確な台数になるわけではない。
そこで今回は、計算しやすく実態から大きく離れにくい仮定として、充電対象を1億台とする。「日本中のスマホ」は、現役の端末約1億台を指す架空の一斉充電イベントだ。
スマホ1台には、どれくらいの電気が入るのか
スマートフォンの電池容量は「mAh」で表示されることが多い。3,000mAh、4,000mAh、5,000mAhといった数字を見たことがある人も多いだろう。
しかし、家庭の電気料金はkWhで計算される。mAhだけでは電力量にならないため、電圧を掛けてWhへ変換する必要がある。
今回は代表モデルとして、容量4,000mAh、電池の公称電圧3.85Vと仮定する。
4,000mAh ÷ 1,000 × 3.85V = 15.4Wh
スマートフォン1台の電池へ保存できるエネルギーは約15.4Whとなる。40Wの電球なら約23分、10WのLED電球なら約1時間半を動かせる程度だ。
ここで注意したいのが、コンセントから取り出した電気のすべてが電池へ入るわけではないこと。充電器による交流から直流への変換、電圧調整、ケーブル、端末内部、発熱などで損失が生まれる。
機種や充電器、温度、充電方法によって効率は変わるため、今回は計算上の仮定として80%を採用する。
15.4Wh ÷ 0.8 = 19.25Wh
つまり、空のスマートフォン1台を満充電にするため、壁のコンセント側では約19.25Whを使う計算になる。
スマホの0%は、本当に電池が空なのか
ここでいう0%と100%は、スマートフォンの画面に表示される数字である。電池という容器を化学的に完全な空から限界まで満たしているわけではない。
リチウムイオン電池は、過放電や過充電を避けるために端末側で管理される。画面が0%になって電源が切れても、電池を傷めるような状態まで使い尽くしているとは限らない。100%と表示されても、際限なく電気を押し込むことはない。
また、4,000mAhという公称容量も、すべての個体がいつまでも同じ量を保存できる保証ではない。電池は使用とともに劣化し、満充電時に実際に蓄えられる量は少しずつ減る。古い1億台を集めれば、新品1億台より必要な電力量が小さくなる可能性がある。
今回は端末ごとの健康状態までは追えないため、「表示上の0%から100%へ、代表的な新品容量相当を充電する」というモデルにそろえている。
急速充電器の「20W」「30W」は、電池容量そのものではなく、ある瞬間に送れる電力の大きさを表す。違いが分かりにくい場合は、USB-C充電器の20W・30W・65W・100Wは何が違う?でも詳しく解説している。
1億台を充電すると約192.5万kWh
1台分が分かれば、あとは1億を掛けるだけだ。
19.25Wh × 1億台 = 19億2,500万Wh
単位を変えると、192.5万kWh、さらに1.925GWhとなる。
| 項目 | 今回の仮定・計算結果 |
|---|---|
| 充電する台数 | 1億台 |
| 1台の電池容量 | 4,000mAh |
| 電池の公称電圧 | 3.85V |
| 電池に保存される電力量 | 15.4Wh |
| 充電効率 | 80%と仮定 |
| コンセント側の電力量 | 1台19.25Wh |
| 1億台の合計 | 192.5万kWh(1.925GWh) |
192.5万kWhと言われても、まだ大きいのか小さいのか分かりにくい。
仮に一般家庭が月300kWh使うとすれば、約6,400世帯の1か月分に相当する。小さな町の家庭を、ひと月動かせるほどの電気である。
電気代は約5,970万円
資源エネルギー庁の省エネ情報では、家電の電気代計算に使う目安単価として31円/kWhが掲載されている。実際の単価は地域、電力会社、契約プラン、燃料費調整額などで変わるが、全国規模の概算には使いやすい。
1,925,000kWh × 31円 = 59,675,000円
答えは約5,970万円。丸めると約6,000万円だ。
日本中のスマートフォンが同じ請求書へ集まれば、さすがに大金になる。しかし1億台で割り戻すと、1台あたり約0.60円。空から満タンまで充電しても、電気そのものは1円に届かない。
| 電気料金単価 | 1億台の電気代 | 1台あたり |
|---|---|---|
| 27円/kWh | 約5,198万円 | 約0.52円 |
| 31円/kWh | 約5,968万円 | 約0.60円 |
| 40円/kWh | 約7,700万円 | 約0.77円 |
単価を40円/kWhまで上げても1億円には届かない。日本中という言葉から想像するほど、スマートフォンの電池は大食いではない。
バッテリー容量によって答えはどれくらい変わる?
すべてのスマートフォンが4,000mAhではない。小型端末もあれば、5,000mAh級の大容量モデルもある。そこで、ほかの条件を同じにして容量だけを変えてみよう。
| 平均電池容量 | 1億台の電力量 | 31円/kWhでの電気代 |
|---|---|---|
| 3,000mAh | 約144.4万kWh | 約4,475万円 |
| 4,000mAh | 約192.5万kWh | 約5,968万円 |
| 5,000mAh | 約240.6万kWh | 約7,459万円 |
端末の平均容量を大きめに見ても、1回の一斉充電は7,000万円台という結果になった。もちろん、電池の公称電圧や実際の充電効率も機種ごとに異なるため、これは正確な請求額ではなく規模を見るための試算である。
日本全体なら、わずか約62秒分の電気
約192.5万kWhは、家庭の感覚なら巨大だ。ところが、国全体へ視点を引くと印象が反転する。
資源エネルギー庁によると、2024年度の日本の電力需要は9,818億kWh。これを365日、24時間で単純に割ると、日本は平均して1時間に約1億1,208万kWhを使っている計算になる。
日本中のスマートフォンを満充電にする192.5万kWhは、この平均消費量の約0.017時間分。秒へ直すと約62秒だ。
日本では住宅だけでなく、工場、鉄道、オフィス、店舗、データセンター、病院などが絶えず電気を使っている。1台ずつでは生活の中心に見えるスマートフォンも、国全体の電力消費の中では小さな存在だった。
本当に同時に挿したら、停電するのか?
総電力量が日本の約1分分なら、1億台を一斉につないでも何も起きないのだろうか。
ここでは「量」と「速さ」を分けて考える必要がある。必要な総電力量が同じでも、24時間かけて使うのと、短時間に集中させるのとでは電力設備への負担が違う。
仮に1億台が平均20Wで充電を始めれば、瞬間的な合計は200万kW、つまり2GWになる。30Wなら3GWだ。ただし実際のスマートフォンは、充電開始から終了まで一定の最大出力を受け続けない。端末の温度や残量に応じて出力が変わり、満充電に近づくほど遅くなる。
また、日本中へ均等に分散していれば影響も分散する。特定の一つの建物へ1億台を集めるのとはまったく違う。「日本全土で同時に始めただけで必ず大停電になる」とは、この概算だけでは言えない。
むしろ現実に困るのは、1億個の充電器とコンセントをどう用意し、誰が0%になる瞬間をそろえるかだろう。電池を完全に空にした端末は起動できず、時刻を合わせる連絡にも使えない。計算上は簡単でも、実験の準備段階で企画が破綻しそうである。
これを毎日続けたら、さすがに大きい
一度だけなら日本の約1分分だった。では、1億台を毎日0%から100%まで充電する生活を1年間続けたらどうなるだろう。
- 年間電力量:約7億263万kWh(約702.6GWh)
- 年間電気代:約217億8,138万円
- 1台あたりの年間電気代:約218円
全国合計では200億円を超える。しかし個人に戻すと、毎日空から満充電しても年間約218円。月にすると約18円だ。
実際には毎日0%まで使い切る人ばかりではない。たとえば平均して残量50%から100%へ戻すなら、単純計算ではこの半分ほどになる。一方、ゲームや動画を長時間使い、1日に複数回充電する人もいる。ワイヤレス充電では有線充電と効率が異なるため、同じ電池へ入れる場合でもコンセント側の消費量は変わり得る。
それでも、「スマホの充電をやめれば電気代が劇的に下がる」とは考えにくい。家庭で節電を考えるなら、使用時間と消費電力が大きい冷暖房、給湯、乾燥機などを見直すほうが金額へ表れやすい。
電気より先に、充電器とケーブルで困りそう
この一斉充電を本当に実施するなら、電力以外にも途方もない量の道具が必要になる。
まず1億台を同時につなぐには、原則として1億口の充電ポートが必要だ。2ポート充電器を使っても5,000万台。充電器を床へ並べるだけで、会場探しは難航するだろう。
ケーブルを1台につき1m用意すると、合計は1億m、つまり10万kmになる。地球一周を約4万kmとすれば、およそ2周半。北海道から沖縄へ何度も往復するより長いUSBケーブルが、日本中のスマートフォンへ向かって伸びる。
しかも端子は完全には統一されていない。USB-Cの端末だけでなく、Lightningを使うiPhoneや古いMicro USB端末が混ざる。出力の規格も異なり、同じ充電器へつないだからといって全端末が同じ速度では充電されない。
そして開始前には、1億台すべてを0%にしておかなければならない。動画を流して残量を減らすと、その準備だけで電気と通信を使う。ようやく最後の1台が0%になった頃には、先に空にした端末の所有者が待ちくたびれている。
約6,000万円の電気代より、1億本のケーブルをほどき、間違えずに挿し、終わった後に片づける人件費のほうがはるかに高くなりそうだ。思考実験は、電気不足ではなく配線整理で終わる。
モバイルバッテリーから充電すると電気は二重に消える?
コンセントからモバイルバッテリーを充電し、その電気をスマートフォンへ移す場合は、変換する段階が増える。モバイルバッテリーへ蓄えるときにも、スマートフォンへ渡すときにも損失があるため、壁から直接つなぐ場合より必要電力量が増える可能性がある。
また、10,000mAhのモバイルバッテリーで4,000mAhのスマートフォンを必ず2.5回充電できるわけではない。容量表記の電圧と出力時の電圧が異なり、変換損失もあるからだ。詳しい選び方はモバイルバッテリーおすすめ5選でも解説している。
充電代より大きいのは、スマホが動かしているもの
ここまで計算すると、スマートフォン本体の充電は意外に省エネだと分かる。
ただし、スマートフォンを使うための電気は、手元の充電だけではない。動画や写真を届けるデータセンター、基地局、通信網、クラウドストレージ、アプリを開発・運営する会社の設備も動いている。
今回の約0.60円は、あくまで端末の電池を満たすために家庭のコンセントから使う電気代。スマートフォンを中心としたサービス全体のエネルギー消費を表す数字ではない。
小さな板の中だけを見れば15.4Wh。しかしその画面をタップした先には、日本中、世界中の設備がつながっている。充電代が小さいからこそ、私たちは1日に何時間もためらわず使える。そして、見えない場所の電力を意識しにくくなる。
まとめ:日本中のスマホを満タンにしても、電気代は約6,000万円
今回の条件では、日本中のスマートフォン約1億台を0%から100%まで充電すると、必要な電力量は約192.5万kWh、電気代は約5,970万円となった。
- スマートフォン:1億台と仮定
- 平均電池容量:4,000mAhと仮定
- 電池電圧:3.85Vと仮定
- 充電効率:80%と仮定
- 電気料金:31円/kWhで計算
- 1台の満充電:約0.60円
- 1億台の満充電:約5,970万円
- 日本全体の平均電力消費:約62秒分
約6,000万円と聞けば巨大だが、1台なら1円未満。日本全体なら約1分。この三つは矛盾せず、すべて同じ出来事を別の距離から見た数字である。
今夜、充電器へスマートフォンをつなぐとき、その向こう側で同じことをしている約1億台を想像してみてほしい。日本中の小さな電池が全部満たされても、この国の電気の時計は、わずか1分ほど進むだけだ。
